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東京地方裁判所 平成10年(ワ)22796号 判決

原告 竹森好子

原告 竹森徳人

原告 竹森美令

原告 竹森敏高

右四名訴訟代理人弁護士 小林美智子

被告 安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 有吉孝一

右訴訟代理人弁護士 中村光彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告竹森好子に対し、金三二七万一五〇〇円及び原告竹森徳人、原告竹森美令及び原告竹森敏高に対し、各金一〇九万〇五〇〇円並びにこれらに対する平成一〇年一〇月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告らの被相続人である亡竹森正生(以下「正生」という。)が、リーシュマニア感染症により死亡したことについて、原告らが、被告に対し、正生及び原告竹森好子(以下「原告好子」という。)が、被告との間で締結していた積立家族傷害保険契約に基づき、保険金の支払を求めたのに対し、被告が、リーシュマニア感染症による死亡は保険事故には当たらないとして争っている事案である。

二  争いのない事実等(証拠の引用のない事実は当事者間に争いがない。)

1  当事者等

(一) 原告好子は、平成九年八月三日に死亡した正生の妻であり、原告竹森徳人、同竹森美令、同竹森敏高は、いずれも正生の子である。原告らはいずれも正生の相続人であり、他に正生の相続人はいない。(甲六の一ないし三)

(二) 被告は、損害保険等を業とする株式会社である。(弁論の全趣旨)

2  保険契約の締結

(一) 正生は、被告との間で、平成四年一〇月二〇日、正生を保険契約者、被告を保険者として、次の内容の積立家族傷害保険契約を締結した。

(1)  証券番号 一〇五〇四二六四九二号

(2)  被保険者 正生

(3)  死亡保険金受取人 法定相続人

(4)  保険金額

死亡・後遺障害 四六一万六〇〇〇円

入院保険金日額 二五〇〇円

(5)  保険期間

平成四年一〇月二一日午前〇時から平成九年一〇月二一日午後四時まで

(二) 原告好子は、被告との間で、平成四年一〇月二〇日、原告好子を保険契約者、被告を保険者として、次のとおりの積立家族傷害保険契約を締結した。

(1)  証券番号 一〇五〇四二六四九一号

(2)  被保険者 原告好子及びその配偶者

(3)  死亡保険金受取人 法定相続人

(4)  保険金額

死亡・後遺障害 一五〇万円

入院保険金日額 一五〇〇円

(5)  保険期間

平成四年一〇月二一日午前〇時から平成九年一〇月二一日午後四時まで

(以下、前記二個の保険契約を合わせて「本件保険契約」という。)

3  本件保険契約の約款(家族傷害保険普通保険約款、以下「本件保険約款」という。)には、次のとおりの規定がある。

(一) 第一条

「当会社は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故(以下「事故」といいます。)によってその身体に被った傷害に対して、この約款に従い保険金(括弧内は省略)を支払います。」

(二) 第九条第一項

「当会社は、被保険者が第一条(括弧内は省略)の傷害を被り、その直接の結果として、事故の日からその日を含めて一八〇日以内に後遺障害(括弧内は省略)が生じたときは、保険証券に記載されたその被保険者の保険金額に別表3の各号に掲げる割合を乗じた額を後遺傷害保険としてその被保険者に支払います。」

(三) 別表3の10

「その他身体の著しい障害により終身常に介護を要するとき・・・一〇〇%」

(四) 第一〇条

第一項柱書及び第一号

「当会社は、被保険者が第一条(括弧内は省略)の傷害を被り、その直接の結果として、平常の業務に従事すること又は平常の生活ができなくなり、かつ、次の各号のいずれかに該当した場合は、その期間に対し、一日につき保険証券に記載されたその被保険者の入院保険日額(括弧内は省略)を入院保険金としてその被保険者に支払います。

(1)  入院(括弧内は省略)した場合(以下、省略)」

第二項

「当会社は、いかなる場合においても、事故の日からその日を含めて一八〇日を経過した後の期間に対しては、入院保険金を支払いません。」

4  リーシュマニア症とは、主としてリーシュマニア属の鞭毛虫が小型(二、三ミリメートル)の吸血昆虫であるサシチョウバエによってヒトに媒介されて起こる感染症の総称である。リーシュマニア症にも病原虫の違いにより内臓リーシュマニア症、皮膚リーシュマニア症、粘膜皮膚リーシュマニア症等の種類に分けられる。内臓リーシュマニア症の症状は、昆虫に刺された部位で、病原虫は無鞭毛期となり、細胞に入って分裂を始めるが、その部位の皮膚病変は通常ほとんど問題とならない。やがてそれが血管に入って、全身に散布され、好んで網内系細胞に侵入し増殖するために細胞は死滅し、組織は破壊され、特に脾臓、肝臓、リンパ腺などは腫大し、骨髄では造血機能が侵される。なお、潜伏期間は、通常六週間から六か月とされる。(乙一、七、九)

5  正生のリーシュマニア症発症及び死亡に至る経緯

(一) 正生は、平成八年一一月二〇日、海外旅行でイタリアに行き、同月二五日までの間、同国に滞在した。(甲二)

(二) 正生は、イタリアから帰国した後である平成九年一月二九日から同年二月一七日まで、小山田記念病院に入院し、同月一八日に三重大学医学部付属病院に転院した。同病院の医師は、正生に対する血液検査により、正生の病名がリーシュマニア感染症であるとの診断をした。(甲三ないし五)

(三) 正生は、同年八月三日午後九時、リーシュマニア感染症により、同病院において死亡した。(甲四)

三  争点

本件の争点は、正生のリーシュマニア属原虫への感染(以下「本件感染」という。)及びリーシュマニア感染症(以下「本件感染症」という。)の発症が、本件保険約款にいう「急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害」に該当するか否かである。

四  争点に関する原告らの主張

正生の本件感染及び発症は、以下に述べるとおり、保険保険約款にいう「急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害」に該当する。

1  「傷害」に該当するか否か

本件において、保険事故による結果である「傷害」とは、本件感染症に感染したことである。すなわち、本件感染はサシチョウバエに刺されるという事故によってのみ発生するものであり、他に要因はないから、サシチョウバエに刺されたことによる病原体の体内侵入は「傷害」に該当する。

なお、本件感染症の場合、サシチョウバエによる吸血時点で痛みを感じ、水泡性丘疹性下かんを発症し、吸血後も吸血された跡が残るのであるから、この意味でも「傷害」に該当する。

2  「急激性」の要件を満たすか否か

保険事故の要件としての「急激性」とは、結果の発生を避けることができない程度に急迫した状態、あるいは事故が突発的に発生し、原因となった事故から結果としての傷害が発生するまでの経過が直接的で時間的間隔がないことをいう。

本件において右の結果、すなわち傷害とは、本件感染症に感染したことであり、この感染は原虫を媒介するサシチョウバエに刺されるという事故によってのみ発生するものであり、他に要因はない。したがって、サシチョウバエに刺されたために、結果の発生を避けることはできなかったものであり、また、サシチョウバエに刺されるという事故と結果としての本件感染症への感染とは直接的で時間的間隔はないといえる。

3  「外来性」の要件を満たすか否か

「外来性」とは、傷害の原因が被保険者の身体の外からの作用であることを指すと解されるところ、本件においては、サシチョウバエに刺されたという事故の結果として本件感染症に感染したものであるから、身体の外からの作用であることは明らかである。

四  争点に関する被告の主張

正生の本件感染及び発症は、以下に述べるとおり、本件保険約款にいう「急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害」には該当しない。

1  「傷害」に該当するか否か

「傷害」とは、怪我を中核とする概念であり、病原虫の感染及び感染症の発症は、「傷害」には該当しない。本件においても、リーシュマニア属原虫を媒介するサシチョウバエの吸血によって皮膚に損傷が生ずることがあるにしても、それは吸血部に生ずる発赤、腫脹、掻痒感などごく軽微なものに過ぎず、その程度の身体の損傷は「傷害」とはいえない。

2  「急激性」の要件を満たすか否か

傷害事故の要件としての「急激性」とは、事故が突発的に発生し、原因となった事故から結果としての傷害が発生するまでの経過が直接的で時間的間隔がないことをいうものである。

この点、サシチョウバエに刺されたことと、刺された箇所の皮膚等の組織に損傷が生ずることについては、直接的で時間的間隔がないということができるが、仮に本件感染症の発症が「傷害」に該当するとしても、サシチョウバエに刺された時点から本件感染症の発症までには時間的間隔があり、「急激性」の要件を満たさない。また、本件感染症への感染及び発症メカニズムは、サシチョウバエの吸血とともにリーシュマニア属原虫が人間の体内に注入され、細胞内に侵入して増殖し、潜伏期間を経て内臓諸臓器に病変を起こし、本件感染症の発症に至るというものであるから、サシチョウバエの吸血と本件感染症の発症とは直接的関係を持たない。したがって、本件について傷害事故の要件としての「急激性」は否定される。

3  「外来性」の要件を満たすか否か

傷害事故の要件としての「外来性」とは、傷害の原因が被保険者の身体の外からの作用をいうものと解されるところ、本件感染症の場合、サシチョウバエの吸血とともに寄生鞭毛虫が人間の体内に注入され、細胞内に侵入して増殖し、潜伏期間を経て内臓諸臓器に病変を起こし、本件感染症の発症をみるのであるから、本件感染症は身体内部における作用が原因となって発症するものというべきであり、「外来性」は否定される。

第三当裁判所の判断

一  本件において、原告らが被告に対して、保険金の請求をすることができるためには、正生の本件感染及び発症が、本件保険約款に定めるとおり、「被保険者が、急激、外来、偶然の事故によってその身体に被った傷害」に該当することが必要である。

ところで、本件保険約款には、「傷害」の定義について規定した条項は存在しないので、その意味については、解釈によってこれを判断する以外にない。そして、本件保険約款上の「傷害」という文言の意味の解釈に際しては、それが保険者にとっては保険料率を算定する上での基礎となる事項であり、保険契約者にとっては当該保険によって担保される危険の範囲を画する事項であるという意味で損害保険の一種である傷害保険契約の本質的要素であり、また、約款という性質上、客観的画一的に判断されるべきものであることからすれば、その文言に対する社会通念、約款全体の規定の仕方、保険の体系等を総合して判断するのが相当である。

そして、右観点からすれば、「傷害」という語の社会通念上の用語法に従えば、「傷害」とは、可視的あるいは知覚しうる身体の損傷を意味するものと解され、また、疾病と傷害は医学的にはともかく、社会通念上認められる用語法に従えば相容れない概念であり、本件保険約款においても傷害と疾病を使い分けている(六条一項五号)ことや傷害保険の他に疾病保険も存在することからすれば、疾病が右の「傷害」に含まれないこともまた疑いがない。

二  右のことを前提にして本件をみるに、原告らは、本件感染症に感染したことが本件保険約款にいう「傷害」に当たる旨主張する。

しかしながら、本件感染症への感染自体は、前記本件感染症への感染及び発症のメカニズムからして、細菌性感染症への感染などと同様に可視的あるいは知覚し得るものではないから、本件保険約款にいう「傷害」とはいえない。

また、原告らは、サシチョウバエに刺されると、吸血時に痛みを感じ、水疱性丘疹下かんを発症するから、それ自体可視的なものであり、右「傷害」に該当しうる旨主張している。

しかしながら、そもそも、サシチョウバエに刺されたことによって直接もたらされるのは皮膚のわずかな損傷であり、傷害保険による付保の対象としては、あまりに軽微であって、これを右の「傷害」に該当すると考えることはできない。

また、証拠(乙九)によれば、正生が感染したのは、内臓リーシュマニア症のうち、コドモリーシュマニアの病原体であることが推定されるが、この病原体は、ヒト以外にいろいろな哺乳動物がこの病原虫を持っているため、昆虫による媒介が主道ではあるが、排泄物による直接伝搬もあることが認められる。そして、右昆虫によらない感染それ自体を「傷害」とすることはできないことは右に述べたとおりであるとすると、昆虫による場合には「傷害」に当たるとすることは、同一の病原虫による感染であり、しかも、いずれもその病原虫の自然の感染でありながら、感染の仕方によって傷害保険の適用の有無についての結論を異にする結果となるが、これは不合理というほかない。

また、「傷害」の意味を前記のように解することは、本件感染症と同様に蚊の媒介によって感染し発症する日本脳炎が傷害保険の付保の対象とはならないとされているという現在の傷害保険における運用(このことは、弁論の全趣旨から認められる。)に照らしても合理性があるというべきである。

三  なお、原告らの主張は、本件感染症の発症をも含めて「傷害」に該当する旨主張しているようにもみられるが、前記のとおり、本件感染症の発症は、感染から六週間ないし三か月の潜伏期間を経て身体機能の障害を発現するものである。そして、本件保険約款にいう「急激」な傷害とは、原因となった事故から結果としての傷害が発生するまでの経過が直接的で時間的間隔がないことをいうものと解されるところ、右本件感染症の発症は、事故である本件感染から長時間の経過を要するものであるから、「急激性」の要件を欠く。

したがって、右原告らの主張も理由がない。

四  以上によれば、本件が本件保険約款にいう「急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害」に該当する事例であるということはできないので、その余の点を判断するまでもなく原告らの主張は理由がない。

第四結論

以上判示したところによると、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高田健一 裁判官 内藤正之 裁判官 大野晃宏)

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